北陸新幹線の金沢開業から、もうすぐ丸10年。報道は「新幹線効果が持続」「街がこんなに変わった」「観光客がたくさん」とポジティブな話で埋め尽くされるが、実際のところはどうなのだろう?
新幹線効果には多くの指標があり、どう切り取るかで評価は変わる。今回は「分かりやすいジャンル」ということで宿泊市場に絞り、観光庁が発表している「宿泊旅行統計」をもとに、過去10年間の影響をまとめてみた。
北陸にいると、街は観光客で賑わい、外国人の姿をよく見かけるようになった。でも、統計を見た私なりの結論は「宿泊市場の新幹線効果は金沢開業4年目の2018年あたりを境に落ち着いていたようだ」となる。

統計は金沢開業前の2014年から2023年まで、暦年の確定値を使った。2024年はまだ確定値が発表されていないので第2次速報値。2024年に新幹線が延伸した福井県は富山県・石川県と事情が異なるため、2024年が入るまとめ方でのみ対象とした。1万人以下、小数点以下は端数として切り捨てた。
北陸3県の延べ宿泊者数
まず、北陸3県の延べ宿泊者数をグラフ化。

新幹線が開業した2015年に1,500万人を超えてから安定したが、2020年からコロナ禍に入って急減。2023年にはコロナ禍前の水準を回復し、2024年はさらに伸びている。
このうち、外国人宿泊者数の推移は以下の通り。

コロナ禍3年間(2020~2022年)は激減したが、やはり2023年にはコロナ禍前の水準へ。2024年にはさらに増えた。ただ、あまりにキレイな右肩上がりなので、むしろ新幹線効果との因果関係は見えにくいところがある。
ここまでの数字だけを見て「新幹線効果は定着した!しかも石川は余裕の独り勝ちだ!あとは米原ルートにすれば未来は明るい!」と地元マスコミが騒ぐところまでが「ザ・石川県」。


全国と比較すると…
金沢開業10周年に水を差したいわけではない。10周年は節目で、めでたい。でも、だからって「宿泊者数が増えた=新幹線効果が定着した=われわれの10年間は大成功!」と浮かれて良いかどうか、現在位置を確かめたい。
自らのポジションを把握するためには「隣県より多いか」「昨年より増えたか」という指標では足りない。もっと広く長い市場のトレンドと比べて優位にあるかどうかを知ることが肝心だろう。
たとえば、自分の給料が10%増えても、世間の平均が20%増えたり、物価が15%上がったりすると、相対的に貧しくなったと感じるはず。宿泊者数も同じで、全国の伸びと比べてはじめて、北陸の現況が客観的に理解できる。

そこで、北陸各県と全国の延べ宿泊者数の推移を比べる。新幹線開業前の2014年を100とし、2024年までの宿泊者数を数値化した。

石川県は金沢開業により2割ほど上乗せされ、コロナ前まで緩やかな増加基調にあった。富山県は上下の振れ幅が大きいながら、平均すると1割ほど多くなって推移している。
その間、全国も右肩上がりで推移していた。石川県は2018年まで4年連続で全国を上回っていたが、2019年に逆転され、北陸3県すべてが全国に劣後した。コロナ禍が収束した2023年も状況は変わっていない。
「金沢独り勝ちだ!いま最も憧れの旅行先だ!」と喜んでいる間に、実は日本全体の宿泊市場の方が成長していた(もちろん、首都圏と北陸は日帰りの往来が活発になった側面もあるが、北陸に来る観光客は泊まり掛けだろうから、それは別の話として扱う)。
ちなみに、いずれも2013、2014年の数字は似通っているため、仮に2013年を100としてもグラフは同様の傾向となる。

2024年の急増には特殊要因も…
もっとも、図3を見ると、2024年の石川県はすごい勢いで増加し、再び全国を追い抜いたのが分かる。それでは石川県の観光が盛り上がったのかというと、そうではない。

2024年は元日に能登半島地震が発生した。上の画像の通り、北陸の宿泊者数には2次避難者がカウントされている可能性がある。宿泊旅行統計は「延べ人数」なので、たとえば100人が30泊すると「3,000人」が加算され、数字が大きく上振れる。
とりわけ石川県は復旧工事関係者の利用も多かったはず。実際、2024年の石川県はビジネスホテルの客室稼働率が全国6位の高さだった。発災直後は旅行客のキャンセルが続く一方で工事業者の予約が殺到し、空室が消えて避難先が足りなかったことは記憶に新しい。
もちろん、2次避難者や工事関係者の利用を否定する意図はない。ただ、2024年の数字は「=観光客の増加」ではないという留意点を付言したい。

コロナ禍と地震の4年分を除くと…
こうして振り返ると、金沢開業後の10年間はコロナ、地震と大きな出来事が続いた。そこで、コロナ禍の3年と能登半島地震の1年を除いてグラフ化してみる(連続してないのに折れ線グラフなのは変だが、上記との連続性から折れ線とした)。

特殊要因の影響が大きかった4年分を除くと、富山県・石川県が金沢開業により上乗せされ、その後、横ばい~微増で伸び悩んでいるうちに全国に逆転されたことが分かる。

じゃあ、客室稼働率は…
さて、北陸の宿泊市場の規模が伸びあぐねる中、逆に宿泊施設は増え続けた。次に、県ごとの客室稼働率(ホテルや旅館など全て含む)を比較してみる。

こちらもコロナ禍の3年と震災の1年を除いてみる。

石川県はなだらかに右肩下がりになっている。コロナ禍前の2019年には金沢開業前の水準に逆戻りし、2023年には金沢開業前を下回った。
宿泊者数がじわりと伸びているのに客室稼働率が下がったのは、客室の増加ペースが宿泊者数の増加ペースを上回ったからに他ならない。
ここまでを総合して得られる結論が「宿泊市場においては金沢開業効果が2018年ごろを境に落ち着いてしまった」ということだった。
一晩に6,000人超の外国人が宿泊
当然ながら、先のことは分からない。
これからを考える上で、再び外国人の話に戻ってみよう。円安効果もあって日本を訪れる外国人は総体的に経済的余裕があり、外国人客の増加に伴って単価をアップできれば、客室稼働率の低下によるマイナス影響を軽減できる可能性があるからだ。

図3にある通り、北陸3県は2019年時点で「延べ宿泊者数」が全国をアンダーパフォームしていた。しかし、こと「外国人延べ宿泊者数」に限っては、2019年も石川県と福井県の伸びが全国を上回っている。
現状で宿泊者数全体に占める外国人の割合は低い。とは言え、その比率が最も高い石川県では今や2割にまで高まっており、すでに一定の存在感を放っている。

2024年、石川県に泊まった外国人は227万人、富山県は24万人、福井県は8万人だった。
最も多い石川県では、一晩に何人の外国人客が泊まっているのか、正確に計算してみる。2,279,450人を366日(うるう年)で割ると「6,228人」。小さな自治体の人口に匹敵する人数である。この多さには石川県出身者として隔世の感がある。
外国人客の受け入れ拡大に不安を感じる人はいるし、そもそもそれが唯一の最適解ではない。伸びている市場に順応するという、市場追随型の1つの解に過ぎない。
金沢開業10周年という節目に当たり、大切なのは近視眼的に現状を礼賛するのではなく、自らの現在地を理解し、長い目線で今後の対策を考えることだろう。その1つのきっかけになれば、と思って今回の記事を書いてみた。10周年、おめでとう。

