トレーラーハウスに希望を感謝をのせて/能登半島地震で全壊の松波酒造、2025年9月に能登町で店舗OPENへ

トレーラーハウスに希望を感謝をのせて/能登半島地震で全壊の松波酒造、2025年9月に能登町で店舗OPENへ

能登伝統の黒瓦を思わせる外観のトレーラーハウスが、夏の青空に映えていた。目に飛び込むのは「大江山」の文字。ここは能登町松波。2024年の能登半島地震で店舗・醸造場を失った「松波酒造」が、2025年9月14日にオープンさせる新店舗である。

松波は能登町の東部に位置し、地震の震源地となった珠洲市に近い。松波酒造はもともと商店街の真ん中に堂々とした和風の佇まいの建物を構えていたが、地震によって全壊し、その後は未利用の状態だった。

2025年8月20日午前、そこに1台のトレーラーハウスが運び込まれた。全長11m、幅2.5m。かなり大きい。

「どう?かっこいいやろ?」と7代目の金七聖子さんが胸を張った。「近所の人が前を通って、他人事なんに、自分事みたいに嬉しそうに声を掛けてくれるんやって」

能登は地元意識が強い土地だ。小さな酒蔵が点在しており、住民は当たり前のように地元で造られた酒を飲む。松波の人なら問答無用で「酒と言えば大江山やろ」。そういう意味では必ずしも「他人事」ではないのかもしれない。

のれんや看板は倒壊した旧店舗から掘り起こし、新店舗に掲げた。一方、新たに制作したロゴマークは、店の顔とも言える入り口脇に配置された。

店内には長さ4.3mのカウンターがあり、気軽に試飲や会話を楽しめる。通りに面した大きな窓は、いずれ店舗前にテラス席を設け、その窓から出入りできるようにするアイデアもあるとか。エアコンもスタッフルームも備えている。

これから2か月間で内装の仕上げ作業や駐車場の整備を進め、オープンを迎える。

さて、「酒離れ」が叫ばれる昨今、金七さんは旧店舗において、消費者と酒蔵の接点を少しでも増やそうと蔵見学やコンサート、フォトボードの設置といった取り組みを進めてきた。

ただ、それもこれも「酒を造れる」という前提があったから。被災して醸造場が全壊した後、あるイベントで蔵の話をしていた金七さんは、以前ほどうまく説明できない自分に気付いた。

「日常的に紹介してきたことなのに、しばらく離れたら忘れてしまった部分があって……」。ショックだった。7代目の自らですら、そうなのだ。酒を供給し続けないと、消費者の心も離れてしまう。そんな不安があった。

この点、地震後は小松市の酒蔵「加越」をはじめ石川県内外の酒蔵が設備や人員を提供してくれたおかげで、松波酒造は酒を造り続けることができた。

金七さんは「被災直後で、私らは生きるか死ぬかって余裕のない時、遠く離れた同業者が協力の方法を考えてくれていた。そして、そうしてできた酒を喜んで買ってくれる方々がいた。本当に助けられた」と振り返る。

もっとも、新店舗ができてゴールではない。周囲には旧店舗や醸造場の跡が広い未利用地として残る。「ここ、人が集まるような使い方をしたくて。今朝も話してたのが……(中略)……面白いと思わん?」

そう語る金七さんは、トレーラーハウスが早朝に到着してから昼まで取材対応に追われていた。それで日焼けしたのか、顔や腕がやや赤らんでいた。なのに、夏空の下でとにかくたくさんしゃべってくれた。ときどき涙ぐみそうになり、あとはずっと笑っていた。

その生き生きとした横顔を見て、あらためて感じた。もうすぐオープンするのは単なる小売店じゃない、この地の人たちが「俺たちの酒蔵」と誇る、かけがえのない存在なんだ、と。

たくさんの希望と感謝をのせ、トレーラーハウスは出発する。

国分 紀芳

国分 紀芳

1985年生まれ。石川県出身。慶應義塾大学商学部を卒業後、地元新聞社に入社。キャリアの大半を経済記者として過ごす。2022年2月に独立・起業した。

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