筆者が見てきた北陸由来の企業のうち、ファスナー製造のYKKは最も先進的な企業の一つだと思う。
それは以下のニュースを見ても分かるだろう(YKKは魚津市出身の創業者が東京で設立したため、北陸は創業の地ではない。ただ、同社は北陸に強い縁を感じており、黒部、滑川両市に巨大な生産拠点を持っている)。
黒部「パッシブタウン」最終街区の概要を発表
YKKグループは2日、黒部市内で開発を進める環境配慮型の街「パッシブタウン」の集大成となる第5期街区の概要を発表した。最終街区には北陸で初めてとなる木造の中高層アパートを建設し、春から秋にかけて太陽光で発電した電力を貯蔵し、冬に使用する仕組みを導入する。
上記の説明で理解が及びにくいのは後半部分だろう。そちらを紹介する。
北陸は冬の日照時間が短く、太陽光発電設備は発電効率が落ちる。一方、暖房需要でエネルギー消費量は高まる。
春夏秋は逆で、エネルギー消費量に対して発電量が勝る。
このギャップを埋め、年間を通じて再生可能エネルギーの仕様割合を高められるのが今回導入する仕組みとなっている。
具体的には、春から秋にかけて太陽光発電で得た余剰電力で水を電気分解し、化石燃料に由来しない「グリーン水素」を生成する。それを「吸蔵合金」と呼ばれる特殊な金属内に安全な状態で貯蔵する。
冬になると、水素を吸蔵合金から取り出して燃料電池で発電し、アパートに電力を供給する。水素生成時や電気に戻す過程で出る熱は給湯に利用するらしい。
こう聞いても、筆者を含め門外漢には全てを理解できないが、とにかく「新しくて凄そう」というのはビシビシと伝わってくる。
施設概要は以下の通り。
【所在地】黒部市三日市4016番地1
【施 主】YKK不動産
【事業費】50億円
【工期】2023年4月~25年3月
【用 途】複合型賃貸集合住宅
【敷 地】16,278㎡
【構 造】木造(一部鉄筋コンクリート造/鉄骨造)、6~7階建て
【戸 数】90戸
【駐車場】100台
カーボンニュートラルの街づくり
そもそも、YKKグループが進めるパッシブタウンとは何なのか。
同グループは2013年、全体の整備計画として、9街区に250戸の集合住宅を整備すると発表した。その後、16年に6街区250戸にすると計画修正し、今回、第5、第6街区の予定地を合わせて最終街区として整備することを公表した。
最終的に、第1~3街区は黒部の自然エネルギーを活用できる構造の建物にすることで、エネルギー消費量を抑えて生活できるアパートを実現した。
第4、第5街区は建物の性能と最新の技術を融合させることで、再生可能エネルギーを最大限に活用する。脱炭素、カーボンニュートラル時代につながる居住空間を提案することにした。
ちなみに第4街区は賃貸アパートではなく、保育園になった。そのため、第1~5街区の合計の住戸数は当初の構想よりも40戸ほど少ない207戸に落ち着く見込みとなっている。
ただ、最大の謎が解決していない。それは、なぜ、ファスナーの製造会社が環境に優しい街をつくっているのか、という疑問である。
それが、YKK
YKKに言わせると「企業の社会的責任(CSR)と新たなエネルギー時代に向けた提案」のためらしい。
いやいや、まったく分からない(笑) でも、それが、YKKなのだ。
例えばネジを作る会社の多くは、生産用の機械をA社、B社、C社から買ってきて、それらを駆使して職人がネジを作る。それが一般的な流れとなる。
一方、YKKはファスナーを作るための生産用機械自体を自社で開発している。つまり、ファスナーメーカーであると同時に、生産用機械メーカーでもあるのだ。
これを初めて聞いた時は驚いた。そして納得した。自前で生産機械を作るからこそ、他社には真似できない新たな材質、用途、デザインで、かつ信頼できるファスナーが次々と生み出されると分かったからだ。
世の中にないものは自分たちで作り、提案する。どの会社にも、誰にでもできることではない。本業でそうしたこだわりを貫く姿勢が、巡り巡って発揮されたのが街づくりなのだろう。
YKKが「技術の総本山」と位置づけ、競争力の源泉となってきた地・黒部から、今度は新たな時代に即した人々の住まい方を広めようとしているのかも知れない。