道具にはこだわりたい。
仕事に使う道具一式を会社支給のもので間に合わせる人を、筆者は理解できない。
例えば、野球の大谷翔平、サッカーの三苫薫がロッカーに転がっていたバットやシューズを「振れればいい」「履ければいい」と言って、テキトーにつかんで試合に出るだろうか?
それほどのスター選手じゃなくても、一社会人として自分が納得できる道具をそろえて仕事に向かいたい。多少の自腹を切っても、そこから生まれるパフォーマンスを考えれば、悪い投資ではないからだ。
そんな考えの下、今回お勧めしたいのは、ドイツ・ロットリング社のシャープペンシル「ロットリング600」である(筆者は0.5㎜を愛用しているが、0.7㎜もラインナップされている)。
重さ2.5倍の芯繰り出しマシーン
まず言えるのは、見た目の武骨さ。鉛筆を思わせる6角形の軸に、マットな塗装。色合いはシルバーのガイドパイプ、レッドのロゴ以外はブラックのみで、潔さが際立つ。
この洗練されたデザイン、1989年の発売当初から、ほとんど変わっていないらしい。ぺんてる製のシャープペンも同時期に開発されて今なお売れているものがあり、アナログなシャープペンのデザインは80年代に完成していたと筆者はみている。
ペン先とローレット加工(ヤスリみたいな滑り止め加工)のグリップは一体型で、軸部分は金属製。筆記時に感じる剛性は限りなく高い。いかにも精密な感じのするノック音は、単なるペンというより「芯繰り出しマシーン」といった雰囲気を出している。
「道具」というのは、いわば「自分の手足の延長」に当たると思っている。それがグラグラしては落ち着かない。剛性の高さは必須の条件と言えるのではないか。
重量は23gほど。一般的な重さの単色ボールペンは10gを切るぐらいなので、ロットリング600は普通のペンの2.5倍の重さになる。
表題に「重力を感じる」と意味不明なことを書いたのも、このため。手に持てばズッシリとした重みを実感し、筆記時は紙に押し付けられる感覚を受ける。
これを良く捉えれば、力を入れなくても書きやすいことを意味する。一方、悪く捉えれば(ローレット加工ということもあって)長時間の筆記に向かないということになる。
経年変化で塗装がはがれるのも、楽しみ
さて、このブラックはあくまで塗装なので、ヘビーユースしていると塗装がはがれ、地の色が見えてくる。
この少しずつの経年変化は、人によっては残念に思うだろうが、筆者は楽しんで眺めている。
ジーンズ愛好家が「ジーパンを育てる」と表現するのに似ているだろうか。購入時は工業製品として世界中に出回る新品のうちの1本に過ぎない。しかし、いずれ持ち主の使い方のクセを反映した形で変化を始めて「かけがえのない1本」になる。
だから、ロットリング600は定価3,000円(税別、2022年現在)で高級シャープペンの部類に入るのに、筆者は特に注意深く持ち運ぶわけでも、逆に雑に扱うこともない。誤って包丁で手の指先を切り、足の小指を机の脚にぶつけるように、日常使用でできる傷はハナから気にしないからだ。
(ちなみに「ロットリング〇〇〇」というシリーズは「300」「500」「600」「800」「800+」の5種類がある。税別の定価は500円~8,000円)
アナログなペンしか愛せない
上記のように、筆者はペンを自分の手足の延長だと思っているので、流行りのハイテクなシャープペンは、どうも好きになれない。
一定の太さで文字が書けるようにペンが自動で芯を回転させるシャープペン「クルトガ」、ノックしなくても自動で芯が出るシャープペン「オレンズ」(自動で芯が出ないタイプもある)などは、搭載する機構の面白さには同意する。しかし、試しに買ったそれらも、気付けばペン立ての隅でホコリをかぶっている。
イチローが打席に入る時の一連の動作をルーティン化していたように、筆者にとって、ノックする行為は「さあ、やるぞ!」と気合いを入れ直すのに欠かせない儀式なのかも知れない。
あらためてペンケースの中を見る。入っているシャープペンは、現在37歳の筆者が生まれた80年代前後に発売されたアナログな逸品ばかり。昨今の中高生に人気があるハイテクなペンは1本もなく、どいつもこいつも古めかしい面構えの端々に歴戦の疲れがにじむ。
「俺ら、ペンの造りが単純な分、頑丈やからさ。ま、張り切って行こうぜ」
今日も気安い相棒と一緒に、デスクへ向かうことにしよう。