北陸電力会館 本多の森ホール(旧石川県営兼六園野球場)が野球の「聖地・名所150選」に

北陸電力会館 本多の森ホール(旧石川県営兼六園野球場)が野球の「聖地・名所150選」に

「北陸電力会館 本多の森ホール 」 (旧 石川厚生年金会館、旧石川県営兼六園野球場)は日本野球機構、全日本野球協会、野球殿堂博物館から「聖地・名所150選」に認定された。

聖地・名所150選のホームページ(当時の航空写真など掲載。参照を)によると、旧野球場は1947年の石川国民体育大会に合わせ、兼六園に隣接する歩兵練兵場跡地にできた。同国体では昭和天皇の天覧試合もあった。

現在もプロ野球記録が残る

球場が狭かったことから、1949年の「巨人−大映」戦では、1試合で13本ものホームランが生まれた。これは現在もプロ野球史上で最多タイ記録だという(この話は北陸電力が新聞広告として語り継いでいる)。

ちなみに、この試合で巨人の川崎徳次投手は8ホームランを浴びる一方、自らも3ホームランも放ち、巨人が15−13で勝った。川崎投手は13失点しながら完投したということで、被本塁打8、勝利投手が13失点したのもプロ野球最多記録らしい。今では考えられないことがいろいろ起こっている。

1956年には金沢高校出身の国鉄スワローズ・宮地惟友投手が史上3人目の完全試合を達成した。

ホール建物は球場の形を生かした扇形

球場は1973年に閉鎖された。

その後、跡地には建築家の黒川紀章氏の設計によるホールが建てられ、旧石川厚生年金会館となった。このホールが野球場の外野の膨らみをそのまま生かした扇形の建物になっているのは有名な話で、時たま地元紙なんかに取り上げられる。

空から本多の森ホールを見ると、球場の名残を実感できる(Google マップの航空写真より)

北電の本多の森ホールとなった現在、建物内には北陸地域での電気事業の発祥・変遷を紹介するPR施設「What’s ほくでん なるほど館」が置かれている。


ちなみに、どうでもいいことだけど、この記事を書いていて「本多の森ホール」の住所は本多町じゃなくて石引4丁目にあることを知った。言われてみれば、確かに。

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