※当初、巡回展の名称を「WHO WE ARE」としていましたが「WHO ARE WE」の誤りでした。2023年1月31日13時に修正しました。
目次
タイトル「WHO ARE WE 観察と発見の生物学」
金沢21世紀美術館で2023年1月27日、国立科学博物館の巡回展「WHO ARE WE 観察と発見の生物学」が開幕する。北陸初登場の企画で、約170もの標本が並ぶ空間では、見て、触れながら「哺乳類とは何か」「ヒトとは何か」を見学者が自ら考えて楽しめる内容になっている。
この記事では前半で展示の内容や狙いを紹介し、後半で23年1月26日に開かれた内覧会の説明を受けて筆者が驚いたことを豆知識として記す。
ちなみに入場は無料で、2月8日まで。見学時に保護者が助け舟を出せば幼児も楽しめる内容だと思う。
科学系の展示会というと、やたら細かい情報が羅列され、教科書っぽい定型の説明文が付されているイメージが筆者にはあるのだが、この企画は違う。
標本は数ブロックに分けて展示されている。ぱっと見では、それぞれのブロックには「かもしれない模様」「ちがいの整列」「らしからぬ哺乳類」といった、やや言葉足らずのタイトルが表示されているのみだ。
「理解したつもり」を避ける
展示を監修した国立科学博物館の川田伸一郎動物研究部研究主幹(農学博士)は「剥製の前に情報を記したパネルを置くと、それを読んで理解した気になり、観察をおろそかにしがち」と話す。
まったくその通り。大人になると、標本よりもパネルを観に博物館へ行っているようなものだ。川田氏は「この展示では自分で標本から何かを発見し、考えてみてほしい」と狙いを説明していた。
絵画のようにじっくり観て
つまり、画家の名前とタイトルしか書かれていない絵画を鑑賞し、自分なりに解釈するように、まずはタイトルと標本を見て、いろいろ考える。
次に、剥製付近の引き出しを開けると、モグラの巣の模型とか、サイの角とか、いろんな動物の毛が入っている。それらを見て触って、なぜこんな形になったのか、なぜ、同じ仲間でこうも違うのか、といった謎に取り組む。
さまざまな哺乳類の違いに考えを巡らす中で「じゃあ人間ってどんな特徴を持った生物なのか」ということを考える、という趣向だ。
「小難しい理系の展示は嫌い」とか「子どもには理解できないだろう」とか言う人もいるだろう。筆者もそのクチだが、行ってみると十分に楽しめた。
生物って面白い/内覧会の説明を受けて
さて、川田氏による説明で、筆者が37歳にして初めて知ったり、驚いたりしたことが幾つもあったので共有したい。豆知識として何かに役立てていただけると幸いである。
哺乳類の新種は毎年30~70見つかる
この展示物を作った時点で、哺乳類というのは5,400種ぐらいが確認されていたらしい。下の写真は、5,400種というのがどれぐらい多いか感覚的に分かるよう、1種ごとの名前を書いたカードを入れた展示物だ。
ところが、哺乳類というのは少なくとも年間30種、多ければ年間60~70種ぐらいが新たに見つかるらしい。逆に絶滅する種もある。
サイの角は、毛
サイの鼻先についている立派な角は、実は毛のようなものが束になって固まったものらしい。同様に、アルミ缶を突き破るほど強いヤマアラシのトゲも、太い毛だそうだ。
一般に毛の役割と言えば、体温を保ったり、体を守ったりするもの。でも、展示を見ていると、一口に「毛」と表現しても、実はすごく多様で、生物の住む環境によって随分と異なる形に変化してきたことを実感できる。
サルの尻尾は先っぽまで骨がある
サルが持つ長い尻尾は先っぽまで骨がある。そしてその周りに筋肉があるので動かせる。
そもそも「尻尾」は何のためにあるのか。基本はバランスをとって動くため。だから木の上で生活するサルは尻尾が長いし、チーターの尾も長い。
逆に言えば、モグラのように地中で生活するような生き物には尻尾が短いものも多いらしい。
模様は何のためにあるのか分からない
シマウマやヒョウの体は、なぜあんな模様なのか。そんなことを考えさせる展示もある。
シマウマに関しては背の高い草が生えている場所にいる時、遠くにいる肉食動物からカモフラージュするため、という説がある。ただ、シマウマは持久力に優れるため、早めに敵に気付けば割と逃げ切れるという。
そこで、大人を守るというより、シマウマが群れでいる時に、逃げ足の遅い子どもがいることを隠すためではないか、という考え方もあるらしい。「我々は大人ばかりだから、追ってきても逃げ切れるぞ」と敵に錯覚させるわけだ。
答えがない謎って、大人も子どもも含めてアレコレ考えられるから面白い。
「哺乳類」なのに乳が出ないカモノハシ
カモノハシは哺乳類の中で異質な存在で、卵を産み、しかも乳が出ない。
筆者が「それで『哺乳類』って言えるの?」と半笑いで質問すると、川田氏が丁寧に説明してくれた。カモノハシにはそもそも乳頭がなく、子は親からにじみ出てきた栄養たっぷりの汗をなめるらしい。
こういう時の専門家の方って、まるで子どもが自分の知識を誰かに披露する時みたいに嬉しそうに話す。こっちも知らないことだらけなので、会話が実に楽しい(やっつけの効率重視で取材する記者からの視線は痛いけど)。
じゃあ「哺乳類」って何??
それでは「哺乳類」とはどう定義できるのか。
まず、哺乳類の特徴として「ある程度のところで成長が止まる」というのがあるらしい。
確かに、ヒトは10代後半あたりで身長が伸びなくなる。ヒトとして生きていると、それは当たり前のようだが、は虫類なんかは少しずつ大きくなり続けるらしい。
ただ、これは「哺乳類にしかない」特徴ではない。
哺乳類に固有の特徴として川田氏が教えてくれたのが「耳小骨(じしょうこつ)」と呼ばれる小さな骨が3つあることだった。上の写真で右端に映っている骨である。
「じゃあ『耳小骨類』って呼ぶべきじゃないか!!!」と思ったものの、それはそれでちょっとマイナー過ぎるか。
【結び】筆者が感じた「ヒト」とは
さて、筆者が展示を通じて考えた「ヒト」とは、どんな存在か。
まず、こういう展示会をできるというのが、そもそもヒトの特質なのだろう。つまり、主観的に自分を見るだけでなく、ヒト以外の特徴まで調べながら「ヒトとは何か」を客観的に思考できるほどに高度な知能を持つということだ。
また、他の動物は生存競争に勝ち抜くため、おそらく知らないうちに少しずつ進化を続ける。
一方、ヒトは自分1人が一生でできることの限界を自覚し、将来の人類にとって何が必要かを考えた上で、自分が人類の長い歴史を1ページだけ進めるような行動もできる。学問なんかがまさにそうだろう。
知能が発達し、このように時空を超える想像力を手にした結果、良くも悪くも自らの進化の方向性までも考えられるようになった。それこそがヒトのみが持つ特徴なのかも知れない、という結論に至った。