自分の枠を超える 「多動力」/堀江貴文(幻冬舎)

2021年8月3日

「寿司屋の修業は無意味」。いきなり炎上しそうな小見出しで始まる本書。情報がオープン化し、変化が速まる時代に、どのように考えて行動するのが望ましいかを、失敗と成功を繰り返した実業家の観点から解説している。

本書の主張は、簡単に言えば「一つのことに固執しずぎず、その時々に面白いと思うことに全力を傾注することを繰り返し、柔軟に生きましょう」ということ。そうした主張を幹として、枝葉として自身の体験談や現在(と言っても執筆時だが)の行動を紹介し、主張を具現化するにはどうすればいいのか、というところも伝えようとしている。

「職業」がなくなる?

以前、「人工知能(AI)の進化に伴い、現在ある職業の半分がなくなる」というような研究結果が発表されて話題になった。もしかすると、将来的にはよほど専門的な職種(医師など)を除けば「職業」を語る意味は希薄化するかもしれない。「AというスキルとB分野のノウハウとCに詳しい〇〇さん」みたいになるのか。

例えば、タモリさんの職業は何だろう?大きくくくればタレントだが、やたらと城や地理に詳しかったり、そんなに興味がありそうでもないのに音楽番組の司会を長年やったり…。たぶん、彼の職業は「タモリ」なのだ。今に、世の中にそういう人が増えてくると思う。

著者のホリエモンに関しては、ハナから嫌悪する人もいるだろう。彼が最も世間にもてはやされていたのが20年ほど前。自身が創業したIT企業ライブドアの社長として、六本木ヒルズに住み、フジテレビに買収を仕掛け、衆議院選挙に出て…。私も含め、何となく「時代の波に乗っただけで調子こいてる奴」みたいな見方が少なくなかったと思う。

だが、今回、この本を読んで、堀江貴文という人物への見方が変わった。「時代の波に乗った」のは確かだが、それは時代の波や風向きを先読みし、それに乗れるポジションを選んでいたからだ。やや横柄な感じの物言いは当然気になるものの、不透明な時代こそ、傾聴に値する。

 

〈ポイント〉

  • 時間当たりの生産性を上げ、レアな存在になる
  • 「バランス」に囚われず、次々とハマり続ける
  • 過去に固執せず、リスクをとって行動する

 

生産性を上げ、レアな存在になる

「寿司屋の修業が無意味」の真意は、昔で言えば一部の熟練者が独占していたノウハウが、今や簡単に共有できる状況になっているということの裏返し。もっとも、努力を否定しているわけではない。「〇〇3年、××5年」といった時間をかけ、ようやく本来求めるノウハウの伝授に入るような時間軸の修業は意味がないと言っている。

未来のある若者が卵焼きを作るのに何年もの無駄な時間を費やすのを見ていられない

(第1章 一つの仕事をコツコツとやる時代は終わった)

今の時代、情報はどんどんアップデートされる。もはや情報自体には意味が薄れており、行動力や進化させる力が求められる。

その意味で、交代要員がいるような仕事は価値が下がる。他の誰かができるし、人工知能(AI)などに置き換わる可能性があるからだ。意識すべきは「レアな存在」になること。

ただし、誰もが大谷翔平のような超人的な能力や恵まれた体格を持っているわけではない。「1万人に1人」といった存在にはなれそうもない。

だが、狭い特定の分野なら「100人に1人」ぐらいにはなれるかもしれない。それが2つの分野であれば、掛け算で「1万人に1人」になれる。

時間は貴重だ。自分の強みが発揮できる仕事に集中すべきで、仕事を選ぶ勇気を持たないといけない。

無意味な仕事、割に合わない仕事、生理的に嫌な仕事に付き合わされそうになったら、無視してしまえばいいし、それで文句を言われるようならやめてしまえばいい。(中略)「これしか仕事がない」というのは完全な思い込み

(第4章 「自分の時間」を取り戻そう) 

嫌なら何でも辞めてしまえ、と言っているわけではない。自分の能力や性格をしっかりと見つめ、それを高めたり発揮したりできない環境にいても時間の無駄だから飛び出すべきだということだ。

生産性を高めるには仕事に優先順位をつけ、無駄な会議を減らし、時代に合わない仕事の方法はやめるべき。そうして捻出した時間で、自分独自のアイデア出しに集中した方が、よほど効率よく楽しい仕事ができる。

自分の枠を勝手に決めてはいけない。

「バランス」に囚われず、次々とハマる

日本ではとにかく「バランス」が重視される。偏った人間になってはいけない、と、あれもこれも満遍なくこなせるように教えられて「浅く広く」という人間が出来上がる。

しかし、変化の速い時代を突破するために必要なのは、そうした優等生的な考え方ではない。一つのことにどっぷりとハマり、ある程度のノウハウを吸収したら、次に興味のある分野に移り、またハマる能力だ。

子どもは親がダメだと言っても、わき目も振らず1つのことに集中する。とことんまでその分野を追求しようとし、急に飽きて違うことに没頭する。

これからは「100点満点」に固執せず、子どものように次々とフィールドを変えて戦う力が必要となる。そのうち、点と点が線になり、短期で作り上げた「100人に1人」の積み重ねが「1万人に1人」の存在に自分を高める。

過去に固執せず、リスクをとって行動する

変化の速い時代に、過去の経験は意味が薄れる(いずれ紹介する山口周の「ニュータイプの時代」でも同様の主張が繰り返し登場する)。

資格をもっているとか、高学歴であるといった過去の積み重ねは、あまり意味をなさない。(中略)テクノロジーは年齢の差をも一気にフラットにした。

(第8章 人生に目的なんていらない)

常に学ぶ姿勢さえあれば、最前線にいられるし、そうでない人は時代に取り残されて化石化してしまう。

特に避けるべきなのは、自分の「手持ちのカード」を生かそうとすること。手持ちの技術や知見を使って何か出来ないか発想するのではなく、やりたいことがあって、それを実現させる手段としてカードをそろえるのが、本来なら望ましい。手持ちのカードからの発想では、結局、旧来の考え方の枠を出られない。

だが、純粋にやりたいことを突き詰めるのは勇気が要る。特に日本は挑戦して失敗した人を嘲るようなところがあるからなおさらだ。しかし、恥をかくことを恐れる必要はない。

自分のことすらちゃんと覚えていないのに、他人のことなんていちいち覚えていないに決まっている。(中略)くだらない羞恥心など捨てて、「あいつはバカだな」と後ろ指をさされようが、最初からバカをやってしまったほうがいい。一歩踏み出したせいでみっともない失敗をしたとしても、そんなことは3日もたてば誰も覚えてはいない。

(第7章 最強メンタルの育て方)

まずは見切り発車でもいいから、やってみること。とにかく動くこと。「多動力」は目的でもなければ、何かを成し遂げる技術でもない。生き方を変革する鍵である。

国分 紀芳

国分 紀芳

1985年生まれ。石川県出身。慶應義塾大学商学部を卒業後、北國新聞社に入社。キャリアの大半を経済記者として過ごす。2022年2月に独立・起業した。

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