不便だからこそ価値があり、利益が生まれる/「不便益のススメ」川上浩司/AI時代に読みたい一冊

不便だからこそ価値があり、利益が生まれる/「不便益のススメ」川上浩司/AI時代に読みたい一冊

「不便益のススメ」という書籍のススメ。最近読んだ中で最も面白かった。

コスパやタイパなど効率や生産性がもてはやされる時代。一方、本書で語られるのはあえて不便な環境に身を置いて得られる利益「不便益」についてで、単純な意味の「パフォーマンス」とは相いれない。それってどんなもので、学ぶのにどんな意味があるのだろう。

小さな不便が満載の幼稚園

本書で紹介されている例をいくつか引用する。

小さな不便が満載の幼稚園。わざと園庭をボコボコにすると、子どもたちは平坦な園庭とは異なる遊びを考える。そこで「かけっこ」をすると、平坦な道を速く走れる子が勝つわけではなく、悪路を走る方法を練って実践できる子が勝つ。

左折だけで目的地を目指すウオーキング。普段とは違うルートを通ることで、いつもと同じ街でも新しい発見がある。

この「道草を食う」ことで得られるメリットは、電子辞書ではなく紙の辞書でも見られる。電子辞書だと意味を知りたい単語へダイレクトに辿り着ける。一方、紙の辞書は検索性に劣るが、字面の似た単語や以前に調べて印をつけていた単語に目が止まり、もともと自分が意図していない収穫を得ることもある。

一直線にゴールへ向かうのではなく、あえて不便を経ることで得られるメリット。そういう効用を生むものが「不便益」だ。

便利=何もさせてもらえない

便利な社会というのは、とことんまで手間を省き続ける。その行き着く先には「人間が何もさせてもらえない社会」が待っているかも知れない。

技術がどんどん進歩すると、本来は人間がやってきたことが「やらなくてよいこと」になる。やがて「やってはいけないこと」になる可能性もある。自動運転の技術が完全に確立されると、人間が運転する車は「予測不能な動きをする危険な車」とされ、ドライブを楽しむことが難しくなるかも知れない。

携帯電話が普及し、基地局網が拡充したことで、いつでもどこでも連絡が取り合えたり仕事ができたりするメリットが生まれた。一方で「連絡がつかない状態」が社会人として非常識であるかのように認識され、休日でも旅行先でも勤務先や取引先から追い回されることになった。

2015年に北陸新幹線が金沢まで開業した時、北陸のビジネスマンは口々に「出張で東京に泊まれなくなった」と嘆いた。彼らは数年後、コロナ禍でオンライン会議が普及したことで「出張ごとなくなった」と嘆くことになる。

泊まりの出張が減り、出張自体がなくなるのって、コスト面からすれば望ましい。でも、定期的に都会の空気感に触れるメリットはゼロではない。私の知人でも「東京で地下鉄に乗り、間違って他の出口から出た。そこで面白いプロジェクトを目にした。それをヒントに我が社も地元で…」という話を聞いたことがある。

人間らしさ

これからAIがさらに普及すれば「求めるゴールへ最短ルートで連れていってもらう」みたいな活動は、基本的に人間が頭を悩ませる必要がなくなる。生産性や効率を追い求める分野で勝ち目はないからだ。

この点、不便益というのは極めて人間らしい概念で、AIにはなかなか理解できないものだと思う。むしろ、そうしたAIが設定すらしにくい環境下でこそ、人間は新たな課題やゴールを発見することがあるのではないか。そういう意味で「不便益」という考え方は面白い。

本書は「岩波ジュニア新書」から出ており、学者が書いた本にしては平易で、割と軽く構えても読み進められる。ぜひ、オススメしたい。

国分 紀芳

国分 紀芳

1985年生まれ。石川県出身。慶應義塾大学商学部を卒業後、北國新聞社に入社。キャリアの大半を経済記者として過ごす。2022年2月に独立・起業した。

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