「裾野が広い」を言い訳に、何でもアリになっていないか?/「観光消滅」佐滝剛弘(中公新書ラクレ)

「裾野が広い」を言い訳に、何でもアリになっていないか?/「観光消滅」佐滝剛弘(中公新書ラクレ)

「観光立国」「観光振興」「文化観光」。近年、やたら頻繁に耳にする言葉だ。あれも「観光」、これも「観光」。でも、その耳障りの良いワードを笠に着て、何でもアリでいい加減な世界になり過ぎてない?と感じていた私が「そうそうそう!」と首が折れそうなほど頷いたのが本書だった。

足元の円安効果もあって、インバウンドを中心とした観光については、とかく肯定的な報道や書籍が多い。そんな中、本書はそれを否定しないながらも、背後にある問題にクローズアップしている点で価値がある。

「先進国」じゃないなら「観光立国」?

著者はNHKの元ディレクターで、今は大学教授として観光学を教える佐滝剛弘氏。本書では冒頭「はじめに」から重要な問いを投げ掛ける。

もしかしたら、「観光立国」という言葉は、先進国という呼称に疑問符がつき始めた日本の姿を覆い隠す魔法のヴェールにすぎないのではないだろうか?

これ、私が過去に書いた、金沢のまちづくりに関する以下の記事と似ている。「加賀百万石」「学都」という栄光が過ぎ去った金沢(石川)が「都市の風格」「街の潤い」のような定量化しにくい競争軸を打ち出し、ポジション低下から目を背けて自らの優位性を強弁しているように見える、という内容の記事だ。

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さて、本書の著者が初っ端から苦言を呈する背景には、観光業界のさまざまな歪みがある。主張の一つは、インバウンド誘致を奨励する一方で日本人側に課題が山積しており、それを放置して「観光立国」はナシじゃない?そのギャップを見えにくくする便利な言葉として「観光」が重宝されているのではない?ということになる。

たとえば、インバウンド富裕層向けのホテルが増えると、他のホテルの相場が上がる。日本人は相対的に貧乏になって宿泊旅行ができなくなる。本書では京都観光の日帰り率が高いことなどをデータで示している。

また、インバウンドは日常と非日常の境目みたいなところを好み、地元住民が贔屓にしている飲食店へ繰り出す。そこでうまく交流が生まれるなら願ってもないが、町中華にインバウンドが大行列をつくり、手早く食べたい地元住民が利用できない事態も起こる。

インバウンドの受け入れ自体は望ましいとして、その副作用もあるということ。インバウンドではないが、北陸新幹線開業後の金沢で、元市長が「観光客が増え過ぎ、馴染みのおでん屋に入れなくなった」と嘆いていたのを思い出す。

支える人がいてこそ

さらに、高級ホテルが増えると周辺の地価や家賃が上昇し、そのエリアに住みにくくなるため人口が減少して働き手が減る。

つまり、来る人は増えているのに、迎える人が減っていく。

観光業は裾野が広い。ホテルや旅館、観光名所で働く人はもちろん、ホテルの部屋を清掃する人、その人が集めたシーツをクリーニングする人も観光関係者と言えるし、交通機関の運転手、居酒屋の店主も観光関係者と言えるかも知れない。

そうした周縁部にいる人こそ「裾野」で業界を支えている。私の経験によると、コロナの収束でホテルの稼働が戻り始めた時、その間に清掃を担う人が離職した余波で思うように宿泊客を受け入れられなかったホテルもある。

ところが、一般に「観光振興」というと、宿泊施設や伝統芸能・工芸みたいなところばかりに資金的な手当てがなされ、周縁部には目が向きにくい。

いま、全国で運転手不足からバス路線がどんどん縮小されている。鉄道がない・廃止されたエリアはバスが重要な移動手段なのに。じゃあタクシーはというと、こちらもドライバーが不足している。いわゆる「観光コンテンツ」にばかり金を配って立派に見せても、そこにアクセスできなければ、何の意味もない。

本書では能登の事例にも触れている。能登は観光が産業の柱の一つだが、今回の地震で定住人口はさらに減ったため「裾野」を支え切れるか分からない。行政の「能登に行って応援しよう」という掛け声は高らかだが、受け入れ態勢の回復状況を見極めないと、応援が負担になりかねない。

観光業から他の業種へ

ところで、マスコミは営利企業なので、程度の差はあれどスポンサーの顔色をうかがって報道する。タバコ会社の広告が掲載される日に禁煙意識が高まっている旨の記事は載せないし、自動車のCMの後に「若者のクルマ離れ」のニュースは流さない。

同様に旅行業者や観光業者の手前、オーバーツーリズムや観光公害といった話題は少なく、多くの報道は「観光客が来るのは素晴らしいこと」という前提に立ちがち。背景にある本質的な問題については、SNSで炎上したことを言い訳に後追いで表面を撫でるような感じだ。


本書では以上の他に、旅行した人に費用の一部を助成する仕組みの効果が限定的であるという主張、そもそも「観光」というのは相互に交流してはじめて意味があるといった主張が書かれている。

思うに、観光に関わる多くの業種は省人化や効率化の余地が比較的小さなサービス業に属する。仕事量が増えるのと裏腹に担い手が減ると起こる諸問題がいち早く表面化したのが広い意味での「観光業」であり、これらを解決できるかどうかは、さらに人口が減りゆく日本の未来を占う気もする。

国分 紀芳

国分 紀芳

1985年生まれ。石川県出身。慶應義塾大学商学部を卒業後、地元新聞社に入社。キャリアの大半を経済記者として過ごす。2022年2月に独立・起業した。

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