久しぶりに面白い経済小説に触れた。ぜひオススメしたい。
本書の主役の企業の名は「トヨトミ自動車」。名古屋市の近くに巨大な企業城下町を形成する日本最大の企業という設定だ。いや「設定」と言うか、そのまんま「トヨタ自動車」がモデルだ。
小説として描かれるのは、創業家以外で初めての生え抜き社長が就任し、紆余曲折を経て、再び創業家出身のプリンスが社長に就任するまでの20年ぐらいの期間。
この間にトヨトミ自動車は海外に本格進出し、世界一の自動車メーカーにまでのし上がる。
こう書くと、やや堅くて縁遠い世界の話だと誤解されるかも知れないが、本書が面白いのは、トヨトミ自動車を「類まれなるエクセレントカンパニー」ではなく、あくまで「尾張の田舎企業」として扱っている点だ。
物語の舞台は確かに超巨大企業ではあるものの、例えば「創業家と雇われ経営者」「泥臭い年配社員と小綺麗な若手エリート社員」のように、企業規模の大小にかかわらず企業が成長の過程で直面しやすい対立軸を丁寧に描いている。だから、組織で働く人なら多かれ少なかれ共感できる部分があると思う。
読み手によって主人公が異なる?
小説である以上ネタバレは御法度だろうから、ここで多くは語らない。
あえて言うなら、この小説の魅力は読み手によって主人公が異なるかもしれない。どの主要登場人物も必要以上に美化されず、ウィークポイントもきっちりと描かれる。だから固定化された「善」や「悪」はなく、人間相互のドラマとして、いろいろな角度から読める。
もちろん、一般的な意味での主役は、生え抜き初の社長に就く「武田」だろう。最も登場シーンが多く、創業家との折り合いを見ながら独自色を出そうと奮闘する様子は、巨大企業のトップと言っても所詮は一介のサラリーマンに過ぎないという悲哀を感じさせる。
あなたがマスコミ関係者なら、日本商工新聞のトヨトミ担当記者「安本」に自分を投影するかも知れない。安本はトヨトミの女性社員と結婚し、その効果もあってスクープをモノにするのだが、後にそのスクープに悩まされることになる。
企業オーナーや同族経営の会社に勤める人なら「豊臣家」の面々にシンパシーを感じるか。創業家とは何か。社員の単なる精神的な支柱になれれれば良いのか、実力をもって永遠に会社を引っ張るべきなのか、優秀な生え抜き社員が現れたらどうするか。経営と「血」の重みの関係について考えさせられる。
当サイトの筆者は社会人生活の大半を記者として過ごしてきたため、いつの間にか「安本」に感情移入しながら読んでいるところが大きかった。ただ、コネも何もないところから腕一本で上り詰め、周囲を引っ張って物事を成し遂げる武田の力強い言動には感心した。このように、自分なりの読み方を楽しめる作品になっている。