【☆☆☆☆☆】困難はある。でも走り続けろ /NIKE創業物語「SHOE DOG~靴にすべてを。~」

【☆☆☆☆☆】困難はある。でも走り続けろ /NIKE創業物語「SHOE DOG~靴にすべてを。~」

2022年9月17日

ここまで胸の熱くなる本と出会ったのは久しぶりだ。

著者のフィル・ナイトはスポーツブランド「NIKE」の創業者。アメリカの名門スタンフォード大学の在学時に日本のランニングシューズを輸出するレポートを書き、卒業後、そのアイデアを実現すべく、日本を含む世界旅行に出る。

その旅は行き当たりばったりなところが多い。友人と共に世界旅行に旅立つのだが、アメリカ本土を出てハワイで働いたところ、意外に長くとどまってしまい、そのうちに友人が恋人を作って「ハワイに残る」と言い出す。

NIKE

そこで独りで日本に向かうのだが、東京で元兵士で編集者のアメリカ人と面会し、日本人との会話のコツなどを教わる。そこで初めて、輸出入する靴のブランドとして狙っていたオニツカタイガー(現アシックス)側とアポイントをとり、本社のある神戸へ向かう。

オニツカ役員との面談の場では勤め先のことを尋ねられ、とっさに架空の会社「ブルーリボン」の代表であると口走ってしまう。ところが、熱意を込めてアメリカ市場の大きさやビジネスチャンスを説明すると、オニツカ側は「代理店になりませんか?」と持ち掛けてくる。サンプルを米国に送ってもらう代わりに、50ドルの前払金を約束する。

ところが、世界一周の旅を終えてアメリカに戻ると、サンプルシューズは届いておらず……

全ての企業は、もともと「ベンチャー」

本書は創業物語で、基本的にはストーリーを追うことが醍醐味。だから、ここで中身の多くを紹介することは控える。

筆者(国分)が半年前に新聞社を辞めて独立したタイミングだからか、本書を読むと、まだ会社の規模が小さく、身近な課題が次々とわいてくる前半部分が特に面白かった。

どんな大企業だって、最初は誰にも知られていないベンチャー企業だ。

前述のように、NIKEはオニツカの代理店として出発するため、完全なゼロベースのスタートではないが、オニツカの知名度が低いアメリカ市場を開拓する意味では、まぎれもないベンチャー企業と言える。

時は1960年代。つい20年前まで、日米は砲弾・銃弾を撃ち合っていた。そんな両国間だから、文化の違いもあれば、経済発展の度合いも違う。貿易の環境も、現代とは比べものにならないほど整っていない。

ただ、フィル・ナイトは日本へのリスペクト、アスリートへのリスペクト、思い切りの良さや行動力の高さを武器に、悩み、傷つきながら、障害を1つ1つ乗り越え、前進する。

以後は本書で心に残った言葉や場面を幾つか紹介する(ネタバレ要素もあるので注意を)。

本書で心に残った言葉・場面5選

①シューズ販売はセールスではない

最初の在庫が完売した時、著者は過去に経験した仕事と比べ、なぜシューズ販売がうまくいったのか考える。

「シューズの販売はなぜそれらと違ったのだろうか。セールスではなかったからだ。私は走ることを信じていた。みんなが毎日数マイルを走れば、世の中はもっと良くなると思っていたし、このシューズを履けば走りはもっと良くなると思っていた」

靴の販売はフィル・ナイトにとって、上から言われてやる仕事ではなく、自分の信念に基づいて進める使命だった。信念はちょっとやそっとで揺るがない。あまたの困難を跳ね返す力になる。

②努力は人々の心を捉える

オニツカとの代理店契約が終わり、NIKEを立ち上げたフィル・ナイト。その頃に投資していた陸上選手はペースを落とすことなく、ひたすら突っ走って先頭でゴールを駆け抜けるタイプだった。その存在がスター性を帯びている理由を、こう考える。

「常に限界まで自分を追い込み、それを超えようとする。これはしばしば非生産的な戦略であり、時に愚かで自殺行為とも言える。だがそれが人々を奮い立たせる。何もスポーツに限ったことではない。完全な努力は人々の心を捉えるのだ」

「頑張ること」と「結果が出ること」は直結しない。中には「頑張る」が目的化している人もいる。ただ、本当に目標へ向けて努力している姿は他人の胸を打ち、周囲を巻き込むから、成功の確率が上がるのは確かだろう。

③カルチャーを作る

共に裁判を戦った弁護士を、あらためて社内に迎え入れようと説得する際、フィル・ナイトは自分たちの使命をこう表現している。

「僕たちはブランドはもちろん、カルチャーをも作り出そうと頑張っている。画一的なものや退屈、単純労働を相手に戦っている。製品以上に、僕たちが売りたいのはアイデア、精神なんだ」

こう説得すると、自分たちが何者なのかを自覚する機会になったという。近年、旧来の感覚で「物」を売ろうとする企業が苦境に立たされている。人々は「意味」を感じる物・サービスに対価を払うのであり、そのことにフィル・ナイトは50年前から気付いていたというのだ。

④敵を味方に変える

会社の規模が大きくなって知名度が上がると、安価なコピー製品が出回るようになった。ある日、NIKEのマークが入った模倣品を目にしたフィル・ナイトは、その出来に驚く。何も指導していないのに、細かい部分まで見事に再現されていたからだ。

そこで、フィル・ナイトは模倣品の工場主に手紙を書く。「製造を中止しなければ、100年間刑務所に入れてやる」「ちなみに、うちで働いてみる気はないか」

こうしてコピー品の問題を片付けると同時に、自社の生産能力を拡大できた。

⑤「信念」は自分で決める

「仕事や志す道を決めつけるな。天職を追い求めてほしい。それがどういうものか分からずとも、探すのだ。天職を追い求めることで、疲労に耐え、失意をも燃料にし、高揚感を得られる」

「起業家たちに決して諦めるなと促すのは間違いだ。時には断念することも必要だ。ただ、断念することは、止まることではない。決して止まってはいけない」

「懸命に働けば働くほど、道は開ける。(中略)自分を信じろ。そして信念を貫け。他人が決める信念ではなく、自分で決める信念だ」


本書は548ページに及ぶ大作である。よくぞここまで細かな話を覚えているなあ、と感心するが、そんな箇所は飛ばし読みで構わないと思う。

これはNIKEの創業物語ではあるが、多くの社会人に参考になる書籍だ。一個人の情熱から起業したフィル・ナイトが、企業規模の拡大を通じ、どのように仕事や仲間、諸問題と向き合い、何を悩み、先行する強大なライバル(主にアディダス)とどう対峙してきたか。読み手はそこから自分の仕事への向き合い方を再確認するきっかけになる本である。

国分 紀芳

国分 紀芳

1985年生まれ。石川県出身。慶應義塾大学商学部を卒業後、北國新聞社に入社。キャリアの大半を経済記者として過ごす。2022年2月に独立・起業した。

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