【☆☆☆☆★】中小企業こそ「定説」を疑え!さすれば勝機が見える/「非常識な本質」水野和敏(GT-R元開発責任者)

【☆☆☆☆★】中小企業こそ「定説」を疑え!さすれば勝機が見える/「非常識な本質」水野和敏(GT-R元開発責任者)

先行する世界のスーパーカーよりも速い車を作るには、そもそも「速い」とはどういうことかを考える必要があった。そして競合他社と違う「本質」に気付いたら、予算や人員の制約が厳しい中、ダウンサイジングした体制で十二分に戦い、ライバルに勝つことができた。

そういう本。半分はビジネス書、半分は自己啓発本という感じ。日産自動車でのレースやGT-R開発を通じ、物事の本質を見極め、そこにフォーカスする必要性を説く。物事を深く考えて整理すれば、小さくても大きな相手と戦えることを示している。

まず、オススメしにくい点

はじめに、オススメしにくい点を1つだけ。

著者(水野氏)の語り口は、良くも悪くも日本人らしい謙遜を挟まない。「自分はすごいことを成し遂げた」という雰囲気が全体に横たわっているので、読む人によっては自慢げに聞こえるかも知れない。そうした書きぶりに嫌悪感のない方のみ購入されたい。

本書の背景

日産自動車に入社後のある日、撤退目前のレーシングチームに責任者として配属された水野氏。限られたリソースで、しかも負け癖がついているチームで何ができるか。水野氏は上司に対し、全て自分に任せて口出ししないよう求め、チームや車の改善に乗り出す。

そして、レース分野で結果を出した水野氏は、日産が世界のスーパーカーをライバルと想定して開発するGT-Rの責任者となる。

本書の主張と筆者(国分)の受け止め

先行する他社に勝つためには、先行者が思いついていないことを実行しないと勝ち目がない。そのためには「こうすべき」という一見もっともらしい常識を捨て、思考の盲点を探し、物事の本質を見極めないといけない。

筆者が思うに「本質」とは、実際に結果を左右するカギになる要素を指している。さて、本書で紹介されている例を3つ挙げる。

レースに勝つ ≠ 馬力を上げる

当時、競合他社はレースに勝つためにエンジンの馬力を上げていた。レースに勝つためには、より馬力(=パワー)のあるエンジンを開発して他車をねじ伏せるのが常識だった。

ところが、水野氏は気付く。レーシングカーが競うサーキットの大部分はコーナー区間であり、馬力を最大限に発揮して全速力で走れる箇所は、ほんの18%しかない、ということに。

つまり、レースに勝つために最も重要なのはエンジンの馬力を上げることではない。コーナーを速く回れ、燃費が良く、壊れない車を作ることだったのだ。

良いチーム ≠ エリートぞろい

本書はチーム作りに関し、レーシングチーム、GT‐R開発チームの2パターンで言及している。

前者ではチーム全体の効率を最大化する意味で、いま最もデキる人を安易に前面に押し出さず、指導に力点を置かせることで「デキる人」を増やし、チームの実力を底上げしたと紹介する。

後者に関しては新しいプロジェクトに臨むに当たり、あえて既存のレールを外れていたり、乗用車開発の経験がなかったりする人を起用した。いわく、エリートは失敗を恐れるあまりネガティブな意見が多くなるという。

馬力の話とチームの話に底流として共通しているのは、考えなしに定石に乗っかってライバルと戦うのではなく、まずはフラットな目線で現実を見つめ、本当に求めるべきゴールはどこにあり、その達成に欠かせない要素は何かを考え抜くという姿勢だ。

高級車を売る ≠ ラグジュアリー販売店が不可欠

GT-Rは当時の価格で1,000万円弱(今は1,400万円ぐらいから)し、国産車はもちろん輸入車と比べても高級車の部類に入った。競合他社はラグジュアリーな販売店を構え、高級なインテリアに高級なコーヒーで来店客をもてなすのが当たり前だった。

しかし、そうしたブランドの車を買う層というのは、普段から高価な家具のそろう家に住み、高級スーパーで高品質なコーヒーを買って飲んでいる。だから「ラグジュアリーな販売店=自宅みたいな場所」であり、特別感はない。

そもそも、趣味でスーパーカーを買う人は車への関心が強い。その関心に応える施策こそが特別感を生み、後発組でも新規顧客をつかむフックになるはず。

そこで、水野氏は開発チームのメンバーが国内外を問わず客の目の前に行ってGT-Rの魅力を説明し、フルスロットルでの試乗を通じて性能を体感してもらうことに。「チームを丸ごと商品にして価値を高める」という販促活動を展開した。

こうした「気づき」は常に顧客の中に答えがあり、顧客志向で耳を澄ませて目を凝らすのが肝要だというのが、本書の主張である。

経営資源に制約があるからこそ

以上の施策は、もちろん物事の本質を見つめたからこそ出てきたもの。ただ、背景の1つには、使える経営資源の制約が厳しかったため、狭い範囲にフォーカスせざるを得なかった、という消極的な事情もある。

例えば、販売チャネル。ポルシェやメルセデスはそもそもラグジュアリーな店構えだ。一方、日産はGT-Rと軽トラを同じ販売店で売らなければならなかった(軽トラをバカにしているわけではなく、ベクトルが異なるという一例)。リソースの制約が本質に目を向けさせた面もあるようだ。


もっとも、本書に書かれた事例の背景がどうであれ、仮に経営資源が豊かではなくても、本質さえ見極めて確実に対応できれば、結果が逆転し得ることは事実らしい。

むしろ、大きな組織は分業が進み、個人レベルでは全体を見渡しにくい。逆に、小さな組織では個々人が全体を見渡す中で本質を探しやすい。先入観を排して本質にフォーカスする姿勢は中小企業や個人事業主こそ肝に銘じるべきかも知れない。

本書では、他にも参考になる考え方がたくさん。ご興味あれば、一読を。

国分 紀芳

国分 紀芳

1985年生まれ。石川県出身。慶應義塾大学商学部を卒業後、北國新聞社に入社。キャリアの大半を経済記者として過ごす。2022年2月に独立・起業した。

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