JR系ICカードとICaの相互利用、阻んできたのは「意地」/それでも遂に動いた北陸鉄道

JR系ICカードとICaの相互利用、阻んできたのは「意地」/それでも遂に動いた北陸鉄道

2022年5月18日

2022年5月18日8時半ごろに赤字の箇所を加筆しました。

北陸鉄道(金沢市)が2022年5月17日、同市内を走る周遊バスでJRグループ各社などの全国交通系ICカード(Suica、ICOCAなど)を利用できるシステムを年内に導入したいとして、同市に支援を求めた。

今さら感 & 的外れ感

もちろん歓迎すべき話だが、利用者からすれば、あまりにも「今さら感」が強い。そして、地元マスコミの報道内容は、コロナ禍で北鉄の経営状況が悪化していて観光客の利用を増やすとか、金に余裕がないため行政に補助を求めたとか「的外れ感」がある。

「今」手元に金がないから行政に頼る、という理屈に記者たちが本当に納得するなら、住民感情からすれば「なぜ、黒字だったコロナ禍前に自前で整備しなかった?」と質問してもらいたい。

そもそも設備投資なんて、直近の決算の数字を見てどうこう判断するものではない。個人が「今年のボーナスが少し増えたから、5,000万円の家を買おう」「ボーナスが減ったから車を売るか」とならないのと同じだ。

石川県内のJR路線に全国交通系ICカードが導入された17年4月に「なぜ、地元の私鉄では使えないのか」と取材して回った身だからこそ、強調したい。

これまで相互利用を阻んできたのは、カネよりも「意地」。今それを可能にしたのは「社長交代」「近付くアフターコロナ」、そして「富山の先行事例」だと思う。

北鉄「ICa」誕生は2004年、2.5億円を投資

北鉄が独自のICカード「ICa(アイカ)」を導入したのは04年12月。今から17年半前だ。導入時には2億5,500万円を投じたという。

一方、JR西日本がICOCAを導入したのは03年11月だが、当時の利用可能エリアは京阪神地区のみ。前述のように、北陸への導入は17年4月なので、会社としてのICカードの導入時期はJR西の方が早いものの、こと北陸での利用開始という意味では北鉄の方が先輩格に当たる。

だから、17年に各交通事業者を取材した際、北鉄と同じく独自カードを発行する富山の事業者からは「自分たちが先に導入していたんだ」という自負を聞いた。逆にJR関係者は「後から来て『自分たちに合わせろ』とは言いにくい」と話していた。

累計発行枚数は2億枚超え

もっとも、地場事業者の「意地」、JR側の「遠慮」をよそに、カードの利用実績には大きな開きができている。

全国交通系ICカードの累計発行枚数は国内人口より多く、21年9月に2億枚を超えた。一方、北鉄は枚数を公表しないが、仮に全国交通系ICカードのように県内人口の2倍近くの枚数が出ていたとしても、せいぜい200万枚だ(北陸は車社会なので実際はもっと少ないだろう)。

筆者も地方出身・在住者として「都会から来たばっかのモンが、デカい顔して偉そうに」というような反骨精神は痛いほど分かる。しかし、さすがにこれほどの勢力差を見せられたら、利用者のために折れてほしいところだ。

この「折れる」に適したタイミングが今だったのかも知れない。

富山の先行事例が後押し?

北鉄では20年3月、生え抜きの宮岸武司氏が社長に就いた。筆者の先入観もあるだろうが、名古屋鉄道(名古屋市)の出身者が社長を務めていたそれまでは、取材時にどこか「同じ釜の飯を食っている」という狭い地方特有の仲間意識のようなものを感じないというか、地元に対する熱量の低さを感じることがあった。

また、足元では新型コロナの感染拡大が続くものの、徐々に街の人出が増えている。本格的なアフターコロナを見据え、今のうちに観光客の受け入れ態勢を整えたい思惑もあるだろう。

富山地鉄の市内電車

何より筆者が強調したい背景は、北鉄と同じく独自カードを使ってきた富山地方鉄道(富山市)が21年10月、市内電車で全国交通系ICカードを使えるようにしたこと。初期投資額は7,900万円だったらしく、当時の取材では、全ての導入費用を市が負担すると聞いて驚いた。

「コンパクトシティー」を掲げる富山市ほどの手厚い支援は難しいにしても、富山市がそれだけ本腰を入れて支援したのに、より観光依存度の高い金沢市が何もしないわけにはいかないだろうー。筆者としては、そんな北鉄の打算も感じてしまう。

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余談だが、地元マスコミの「利用増へICカード相互利用化」のような報道は、どういう理屈なのか理解できない。なぜ、カードに互換性を持たせると乗客が増えるのか。

現在は「Suicaが使えず、現金で払うのは腹立たしいから、バスではなくタクシーで移動する」という観光客が多く、それらがバスに切り替える?現在は「Suicaが使えないなら、金沢旅行自体をやめよう」という人が多く、相互利用できるようになったことに後押しされて金沢を訪れる人が増える?…どちらも現実的な想定ではないだろう。

ICカードの相互利用は、バス乗客の増加云々を抜きにし、単純に観光客の利便性の問題として論じるべき。だからこそ、行政が支援する大義名分があるわけだ

脈絡なく安易に「利用増」「業績悪化」「コロナ禍」と盛り込んで報道するのは「とりあえずそんなワードを入れておけば、それっぽく見えるだろう」という姿勢が透けて見えるようで、残念でならない(「いやいや相互利用できれば乗客数は飛躍的に伸びるぞ!」という理屈があるとしたら、後学のため教えてください)。

国分 紀芳

国分 紀芳

1985年生まれ。石川県出身。慶應義塾大学商学部を卒業後、北國新聞社に入社。キャリアの大半を経済記者として過ごす。2022年2月に独立・起業した。

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