自動車部品メーカーの田中精密工業(富山市)は2021年9月17日、かねて募集していた希望退職に、社員141人から応募があったと発表した。
希望退職は同社と子会社のタナカエンジニアリングの正社員を対象に、8月2日から受け付けが始まった。
想定していた人数は130人程度。当初は8月25日まで募集を続ける計画だったが、同20日に締め切ったという。おそらく、早めに募集人数に達したからだろう。
田中精密工業は今回の応募者に対し、割り増しの退職金を支払う。これらの費用6億8000万円を、2022年3月期に計上するらしい。
同社はコロナ禍の生産縮小なども相まって、20年3月期、21年3月期と最終赤字となっている。ただ、22年3月期は最終黒字に転換する計画である。
それなのに、なぜ、希望退職者を募るような事態になっているのか。
電動化で募る危機感
同社を含む地方の自動車部品メーカーが直面する大きな課題が、自動車の電動化(電気自動車や燃料電池車など)だ。
一般人から見れば、ガソリン車であろうが電動車であろうが、大差はない。
ところが、既存の作り手からすれば存亡の危機である。よく言われるところでは、電気自動車(EV)は造りが簡単で、誤解を恐れずに言えば、大きな「ミニ四駆」のようなものだという。
だからこそ、既存の自動車メーカー以外が、市場への新規参入に関心を示しているのだ。
この点、田中精密工業のメインの製品はエンジン部品など、EVに不要なものが多い。「脱炭素」「カーボンニュートラル」という言葉を毎日のように聞く今、もはやガソリン車市場が先細りするのは間違いない。そして、同じ「車」であっても、ガソリン車からEVに世間の軸足が移れば、同社の製品や技術は陳腐化してしまう。
おそらく、そうした中長期的な危機感から、会社をいったんスリム化し、自分たちの経営資源をフル活用したら、これから何ができるのか、事業構造の再構築を進める狙いがあるのだろう。
つまり、今期が黒字になるかどうかが問題なのではない。このタイミングで希望退職者を募るのは、10年後、15年後に、自分たちの培ってきたノウハウや技術、製品の価値がなくなり、もう作れる物が何もない、そうした未来を避けるため、先んじて身軽になっておくという意味が含まれているのではないだろうか。
そして、同社の苦悩は今後、自動車産業にかかわる地方の多くの町工場にも、同様に降りかかりかねない未来なのである。