加賀市山代温泉の旅館「みやびの宿 加賀百万石」の運営会社の吉田久彦社長は2022年10月27日、同旅館で会見を開き、旧運営体制時に不正受給した雇用調整助成金が約4,000万円に上ることが分かり、旧運営会社が罰則金などを含めた計1億数千万円を返還すると説明した。
吉田社長は会見の冒頭と最後に「あらためてお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした」と陳謝し、頭を下げた。

以下、会見の模様をレポートする。
目次
不正があったのは2020年12月~21年10月
吉田社長の説明によると、不正受給は2017年4月に旧ホテル百万石を取得し、18年12月に「みやびの宿 加賀百万石」として再オープンさせたビッグ総合開発(大阪市)が旅館を運営していた時代の20年12月~21年10月にあった。
21年12月に新たな運営会社として「株式会社みやびの宿 加賀百万石」が設立され、運営主体が移った当初も不正な申請はあったが、受け取る前に取り下げた。
22年6月に大阪労働局が立ち入り検査を行い、同8月には大阪・石川労働局が共同で立ち入り検査を実施した。その後、10月に吉田氏が運営会社の社長に就いた。
不正受給の対象になった従業員数はパート・アルバイトを含む計約90人のうち、70人ほどと見込まれるという。不正受給額はまだ確定していないが、4,000万円ほどで、同じ期間の不正ではない申請分と罰則金を合わせ、1億数千万円を返還することになるという。

関連会社社長が指導、経理部長が指示
タイムカードの一部を修正ペンで改ざん
かつて「日本一の旅館」とも言われた旧「ホテル百万石」。破綻と休業、オーナー交代という大転換を経て起こった助成金の不正受給という不祥事は、昭和天皇も宿泊した名旅館の評判を失墜させ、再興への道のりを険しくした。
なぜ、どのように、この不正が起こったのか。
きっかけは2つある。
1つは、ビッグ総合開発の関連会社の元社長(既に退職)がコロナ禍で売り上げのさえない割に人件費率が高いことを指摘し、出勤する従業員の数を減らすよう指導したことだ。

2つ目に、本社の元経理部長(既に解雇)が厚生労働省の失業給付に関する資料を雇用調整助成金のものと勘違いして「ボランティア」として職場に来るなら休み扱いになると認識した。そして、現場レベルで従業員がボランティアとして旅館に携わる日を設けるに至った。
20、30分程度の短いミーティングを行う際はタイムカードに打刻しないよう求める張り紙をしたこともあった。極めつけに、元経理部長はタイムカードの一部を修正ペンで改ざんしていたという。
つまり、現場レベルで自らの行為が不正という認識があったかどうかは個人差があるだろうが、少なくとも元経理部長は悪意をもって不正な申請をしていたことが分かった。

今回の不正受給に関しては、ビッグ総合開発の金沢孝晃会長が監督不足の責任をとって代表取締役を辞任。また、調理担当者のシフトを作っていた総料理長が取締役を解任され、数人の従業員が離職したらしい。
経営陣に「報連相」なし / 「忖度」の連鎖が不正を生んだ
さて、2022年10月26日の会見では、報道陣から「実際は金沢会長も不正の事実を知っていたのではないか」という質問(疑念)が何度か飛び出した。
これについて、吉田社長は「本当に知らなかったのだろうと思う」と回答した。調査では元経理部長を中心に現場の管理者が「ボランティア出勤」を指示し、助成金を不正申請する仕組みができたと分かった。元経理部長から金沢会長ら経営陣への報告・連絡・相談はなかった。

もっとも、金沢会長が旅館を訪れた際に「繁忙度の割に従業員が多い」「助成金をもらえるから休ませたらいい」「経費はしっかりとコントロールを」と一般論的な指示したことがあったらしい。
吉田社長はこうした指示を元経理部長や現場管理者が「忖度(そんたく=他人の気持ちを推し量ること)」し、その連鎖が不正を生んだとみているとも説明した。
5つの原因と5つの対策
そうした不正の仕組みの上で、具体的な原因として吉田社長が挙げたのは5項目。それぞれの対策も公表した。まとめると、以下の通り。
原因 | 状況 | 対策 |
---|---|---|
管理者の知識不足 | 法律や制度を知らない 働き方を指導できない | 管理者への教育・指導 従業員への教育 |
ずさんな労務管理 | シフトがあいまい | シフトと勤務時間の明確化 タイムカードシステムの見直し |
あいまいな指示系統 | 命令系統が体系化されていない | 各種申請の体系化 |
部署の壁 | セクションごとの勤怠管理 セクションごとのルール設定 | 勤怠管理とルールの一本化 |
役員の監視不足 | 行き過ぎた権限移譲 | 報告・連絡・相談を常に行う |
「家業」を越えて
地元紙で長く宿泊業担当を務めた筆者は、業界関係者から「ホテルは事業、旅館は家業」という言葉を聞いたことがある。
ホテルは所有者と運営者が異なるケースも多く、運営会社は「ホテルマンという名のサラリーマン」を育てる。その中で優秀な人材が雇われの支配人や役員になる。
ところが、旅館はどうしても創業家の影響力が強く、それが良い方に出れば団結力の強さや意思決定の速さにつながる。しかし、悪い方に出れば放漫経営に陥ったり、今回のように「忖度」が働いて組織が動いたりする危険性もある。
旧ホテル百万石は破綻により、強制的に「家業」ではなくなった。そして「みやびの宿 加賀百万石」は今回、所有と運営を分離した。しかし、その運営会社のトップに旧ホテル百万石の創業家出身者が就いた。この思い切った体制変更は、吉と出るのか、凶と出るのか。

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